“平野レミさんの「いーのいーの!多少見栄え悪くても食べちゃえば一緒!手抜きしても大丈夫大丈夫!シェフじゃなくて主婦なんだから!」って言葉をすべての人に呟いて欲しい。平野レミのこと好きだよ。あの明るさはすごい。”
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捜査機関側の情報管理は厳しくなり、日中から記者と捜査関係者が堂々と接触することは困難になってきました。庁舎セキュリティーも格段に向上し、受付までしか入れないことも珍しくありません。
それらと並行して、事件報道の背後では大きな二つの社会的な変化がありました。一つは事件そのものの激減です。実は、日本では殺人・強盗殺人・強盗などの凶悪事件は、相当前から減少局面に入っています。ここ数年は毎年、刑法犯は史上最少を更新し続けています。「件数は減ったかもしれないが、少年の凶悪犯や無差別事件は増えたのではないか」といった指摘もありますが、犯罪学の専門家らの研究では、戦前や終戦後もこうした犯罪は相当数あったようです。
もう一つの変化は、高度情報化社会の到来です。犯罪報道はかつて、よほどの事件でない限り、全国紙の地方版や地方紙、ローカル局などの範囲にとどまっていました。ところが、インターネットなどの発達によって、遠い地方の事件も全国各地で知ることができるようになり、国民が犯罪を身近に感じるようになってきました。最近の総理府調査などを見ると、日本の治安に不安を感じる国民が多い一方、自らの近隣では治安に不安を感じない、という傾向が顕著になっています。警察庁は1990年代初めごろから、これを「体感治安」という言葉で表すようになりましたが、実態と意識がかけ離れているのかもしれません。
そうした変化にもかかわらず、マスコミの姿勢が変わっていないことも問題でしょう。以前と同じように大人数を事件担当記者として配置し続け、「犯人捜し競争」「犯行の態様報道競争」に狂奔するわけですから、事件現場や関係者宅に大勢の記者が押しかけ、多数のマイクを突きつけながら歩く。そんな「集団的過熱取材」(メディア・スクラム)は近年、いっそう激しくなってきました。
青空文庫は、著作者の死後50年後に、インターネットで読めるようにしておくというのがまず第一の目的だと大久保氏は語る。文化を共有して、継承していくのが使命。そのために必要なのは、何よりもまず本が自由であることが不可欠。「青空文庫はタダで本が読めるからフリーなのだ」ということがよく言われるが、フリーというのは無料ということだけではないという。
新時代の著作権は報酬請求権に――ベルヌ条約をひっくり返すという遺志
GPL/FSFのいう自由だね
(via bgnori)
以前、リチャード・ストールマンにGPLについて話を伺ったときにこんな感じの会話をしたのを覚えている。「日本にはね、「フリー」よりももっと素晴らしい的確な訳語が存在してるんだよ。「フリー」とはすなわち「自由」なんだ。だから、「フリー」と英語で書いてあるとき、それを「無料」と読まずに、「自由」なのだと理解すればいい。フリーソフトウェアとはすなわち、「自由な」ソフトウェアなのだ、と。」
著作権関連の話における「フリー」も、「無料」と「自由」が混同されてしまっている嫌いがある。Freeという英単語にどの訳語を使うかで理解のされかたは大きく変わる。
(via
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